この地球は二元化していく。
「新生地球に住まう者」と今までの「低次元の地球に住まう者」と。
日本人よ、目覚めよ。
霊験あらたかな魂よ、今こそ覚醒せよ!
スピリチュアルな情報でよく見かけるこれらこそ、二元論的な優劣構造で、選民意識・特別意識の罠のような気がしていた。
私たちは元々ひとつ。
けれどこの地球では分離を体験しにきている。
元々、愛そのものなのに、周囲の波動によって「愛」は怒りや怖れへと「変化」してしまう。
あくびをしている人を見たら、いとも簡単にあくびがうつってしまうように。
人に影響され、環境に影響され、自分はどんどんと変化していく。
だから、付き合う人や環境を選ぶことに慎重になる。
地球はそういうところで、宇宙から見たらこんな面白い体験ができるところはない。
だから、二元論も選民意識も、地球だからこそ味わえるアトラクションのひとつなのだ。
「愛」という純粋な魂が、承認欲求という鎧(よろい)や、自己正当化(正しさ)への執着という仮面を身にまとい、「わたしは誰よりも優れている」と、上下を競い合う。
でもそれすらも――
魂にとっては尊い体験。
肉体を脱ぎ、魂に戻ったら、「私は誰よりも優れている!」「誰よりも稼いでいる」なんてことは、味わうことはできないだろう。
愛そのものであった存在が、あえて「愛を見失う」「愛されない」「劣等感」などを体験している。
怒りを知り、
嫉妬を知り、
分離や孤独を経て…
愛を多角的に知るために。
だからこそ、こうとも言えるのです。
二元論の中にいることも、
選民意識を持つことも、
誰かを裁いてしまうことも、
偽物の自分で誰かを救おうと奮闘することも
人の役に立つことで愛されない自分を救おうとすることも、
愛されるために自分を喜ばすことを忘れてしまったとしても、
全部ぜんぶ、“愛を思い出す旅路”の一部。
話が下手とか、学歴がないとか、才能や霊能力があるとかないとか…
そんな小手先なことは、宇宙からみたらどうだっていい。
ありのままの自分そのものが宇宙からのギフトなんだから。
それ以上でも以下でもない。
フェイクもリアルも超えて、
光も闇も包み込んで、
分離も統合もただ宇宙に還っていく。
目覚めるとは、
すべての存在が、最初から光そのものであったと確信している状態。
そして、あなたがもし目覚めたのなら、
純粋な魂の状態、愛そのものの状態で、肉体を生きることに挑戦していこう。
なにがあっても、愛そのものである私が選択するならどっち?と考えよう。
肉体は周囲の波動の影響を受けるけれど、魂はその領域にはいない。
そのことを忘れずに、胸に刻もう。
愛そのものである私なら、霊験あらたかな魂でも、そうでなくても、全てが愛おしい…と感じるはずだ。



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