地震や震災の多い日本ですが、今年2024年も元日から能登で大きな地震が起きました。
それに伴い、情報社会ではさまざまな議論や予測がありました。
私の幼少期の頃とは違い、個人の考えが自由に発言できる昨今、自分の考えがどれに合うのか?を探したり、批判したり、考えさせられたり。
きっと、このブログもそのひとつだと思います。
震災や伝染病に対して、準備をしたり恐れたりするのは、「死」を逃れるためですよね。
命あるものは何でも、死ぬのは怖いし、危ないことは避けるべきだとデフォルトで備わっています。
生存本能的にはこれは仕方のないこと、当たり前のことです。
最近は「2025年7月5日に大災難がやってくる」という情報が多くなりました。
そうなると、それは本当か?と裏付け作業が始まります。
いろいろな預言が書かれている本や…


YouTubeなど。
他にもこんな情報があるよ、これを知っているよ、こことも繋がるよ、と教えたくなったり、言いたい方もいらっしゃると思います。
命の危機を感じて情報を集め、憶測を立て怖がったり、不思議がったり、面白がったり、怪しんだり、正当化意見を発してみたり、真実はどれだ?と探したり。
そんなこと考えてないで仕事しろと言ったり、今ココを感じて落ち着こうとしたり、それよりも何かが起こってからどう行動するかが大事だと思ったり、引っ越しを考えたり、さらなる情報を得ようと時間やお金や心を費やしたり。
私は振り回されやすい性質があるので、YouTubeやネット情報はほとんど見ずにいましたが、周囲がその話をめちゃくちゃするのと、周りの話についていけないことから、少しずつ手を出して行きました。
で結局(引っ越しは考えませんでしたが)、ほとんどやりました(笑)。
でもいつも最後にたどり着く答えは、「自然の中で生かされている命として考えていこう」でした。
それから、人間世界にしかない政治的で支配的な考えは排除していきました。
人為的に起こせる災害とか、権力やお金が絡んでくることとか、ゴム人形とか陰謀論とか、自然界にはないこと、不自然で違和感を感じるものです。
以前、ゴム人形説が好きな人から、人生で初めてその話を聞いた時、正直とっても怖かったです!
何が怖いって…その人の車の助手席で聞いたのですが、ずっとずっとゴム人形の政治家の話をしていた時の、その人のオーラのようなものが…怖かった!
目がギンギンしていて、闇は暴かれるんじゃゃぁ、みたいな皮肉気な笑みと話している時の不自然なまでのイキイキとした雰囲気がとっても怖かった…。
あ、この人とは一緒に活動できないな…と思った瞬間でもありました。
私たち地球に住む生き物は、連鎖や循環の中で生かされていますよね♡
その中には、目に見えないものがたくさんあって、お互いが助け合っています。
スピリチュアルを高次に高次に考えると、神や天使や龍などが「目に見えないもの」と思いがちですが、それだけではありませんよね。
高次(こうじ)と同じ響きである「麹」、そう微生物、菌も見えない存在です。肉眼ではですが。
「奇跡のリンゴ」で知られる木村さんが、無農薬リンゴ栽培に取り組んでいらしたとき、リンゴの葉や枝ばかりを見て、研究して何とかしようとしても実はなりませんでした。
でも、森の奥深くで農薬も何もなしに大きく育つドングリの木を見た時、フカフカの足元、土に気付きました。
「あ、大切なのは土だ。土の中にも世界があって、微生物が仲良く助け合っているんだ」と。
大切なことは目に見えないところにあるんだと気づいた時から、奇跡のリンゴ作りは本当のスタートに立ったんですね。
ちなみに木村さんの作る無農薬のリンゴは、いつまで立っても腐らないそうです♡

ちなみに私も、果物の持っている微生物のお力を借りて、発酵ジュースを作っています。
先日息子がラーメンを食べて帰宅した後、腹痛を起こし横になっていました。
薬を飲もうとしたので、発酵ジュースを少量の水で割って飲んでもらいました。
結果…微生物ちゃんたちが勝ちました(笑)。
お腹の中の不必要な、その時悪さをしていた目に見えない何かを、家の微生物たちが食べてよい菌にしてくれたようです。
やっつけたのではないです。だから勝ちとかはないか(笑)。
食べてよいものにして生み出してくれたんです。循環ですね♡
ちなみに、そのジュースは桃で作りました。木村さんのお話をしておきながら(笑)。リンゴではないです(笑)。
発酵ジュースは、毎日素手でかき回して発酵させるんです。
はい、私の常在菌と桃の皮についている菌ちゃんたちの共同作品です。
皮膚には1平方センチメートルにつき、10万~100万個の微生物が住んでいます。
さらに、子供がお腹の中から生まれる時、私の産道(参道)についていた常在菌をいただき、囲まれながら生まれてきます。
だから、お母さんの常在菌が入った料理は、最強です♡
息子よ…悪いが、これからも母はこの手でハンバーグをこねくり回すぞよ。
気持ち悪!とかいってはならんぞよ。
ビニール手袋などは付けぬぞよ。
これは決して、ビニール手袋代をケチっているからではないぞよ。

さて、話は逸れてしまいましたが、何でしたっけ?
あ、そうそう…
「自然の中で生かされている命として考えていこう」ですね(笑)!
自然ってめちゃくちゃ”長期的”な在り方をしていると思うんです。
「おのれ一代でわが人生の花咲かそうじゃないか!」みたいな熱男的野望(エゴ)ではなく、花を咲かせて実を成らせ、蜂や蝶や鳥たちに運んでもらって助け合う。
同じような形(木)にならなくとも、それが何かの栄養となったり、土になったり、微生物になったりして、形を変えてその中で生かされているという在り方!
そうか、これ…ナマケモノがわかりやすい!
ナマケモノって、まさに循環型社会を生きている先輩だった!
⇩⇩
かわいくてミステリアス!ナマケモノの驚きの生態を紹介|anicom you(アニコムユー) (anicom-sompo.co.jp)
人間で考えると、この肉体という短期的な立場ではなくて、魂という長期的な立場で物事を考えると、すっごく満足すると思うんです。
肉体の生存期間、維持機能は今の時代「100年」くらいですよね、長くても。
魂は?というと、時間とかなさそうなのでわかりませんが、もしかしたら「永遠∞」なのかもしれないし…わからないけど、100年以上はありそうですよね。
それに東洋哲学が腑に落ちる人にとっては、「輪廻転生」という生まれ変わりがあるということを、どこかで信じている人も多いと思います。
そうなるとやっぱり…今ココのためだけでなく、来世というか…
繋がり合うすべての魂のために選択して生きていきたい!という大志を抱かざるを得ないと感じざるを得ません!

あばれる君、最高!
それでね、何が言いたいかっていうと(笑)、
もし、2025年に隕石とか何やらがフィリピン沖とかに落ちてきて、そうじゃなくてもこの先、大きな変容があってね、「ほら、預言のとおりだ」とか、「自分が思ったとおりだ、ほら言っただろ」とか、そういうことは後回しにして、その時に、魂として地球に住まう命のひとつとして、どう考えて感じて、この肉体を使っていくか?っていう長期的な目線が大切なんじゃないかな?と、最近思うのです。
短期的な考えだと「震災に備えて」…となりますよね。
食べ物や水やティッシュペーパーとかのストックをするのではなくて、きっとそれも大切だと思うけど、少しくらい食べなくても人は死なないし、持っている人が分けて助け合えばいいわけで、ない!買占め禁止!とかになるんじゃなくて、それよりも、体が必要としているのは何で、量はこのくらいで大丈夫という、体の声をちゃんと聴いてあげることとか、心と体の繋がりを取り戻して、心と体づくりをすることの方が大切ですもんね♡
それに実は、地球はちゃんと人間が食べるものも用意してくれていて、それがプラーナ(電子ともいわれていますし、仙人が食べている”霞”もこれですよね♪)だったり、物質的なもので言ったら”雑草”とか”野草”呼ばれるもの。綺麗な形のお野菜とかはやっぱり映えるしおいしいけど、農薬というお化粧をしていないもの、ピュアなものを神様から預かったこの肉体に入れていきたいですもんね♡

本当に備えるべきは、
困っている人がいたら「分け合うこと」「助け合うこと」ができる気持ちの余裕備えて、普段食べる時も、体に聞きながら食べるものや量を調節できるようになっておいて(野草とかの知識を入れるとかもありだよね♡)、あとは何があっても、できるだけ冷静に考えらえるように自分をコントロールする練習をすることなんじゃないかな?と思うのでつ。
そのためには、所有感や境界線という地球独特の概念を外していく必要があるのだと思うのでつぅ。
動物も種族を越えて助け合いますし、動けない木は飛べる鳥によって生かされていますし、鳥ももちろん木によって助けられています。
自分の命を守る行動も大切だし、家族も大切だけど、魂の長期的な視点から見たらこの地球に住まう命はみんな家族なんだから、命の危機が迫ってもそういう大切なことを忘れない自分を備えておく…そんなことが今大切だと思うんです。
肉体を守る機能(頭)は、「そんなこと言うんだったら、自分より知らない人を助けたらいいんですか!」と、自己の消滅を怖れて不安に思うかもしれないけれど、そんな風に考えてしまう今の自分をまず救ってあげてほしいと思います。
そうしたら、きっとその人の魂に叶った答えが出てくると思うから。
さて、長くなりましたが、私は前世療法士でもありますので、次回は「前世から見る災害や生き残るということ」について言及したいと思います。
お読みいただきありがとうございました(^^)/



コメント