共感しすぎて苦しい人は、“他人のカルマ”を浮上させる役割を持っているかも!

イデアの戯言

こんな経験、ありませんか?

特に何かした覚えもないのに、人に突然冷たくされたり、怒りをぶつけられたり。
だから、なんだか居づらくなってしまって、不本意だけれどその場から離れたり、自分を責めたり。
そんな経験、ありませんか?

セッションをしていると、そんな“人のカルマを浮上させてしまう役割の人”に出会うことがあります。
この記事では、その不思議な役割と、その裏にある深い真実についてお話しします。

「カルマを浮上させる役割の人」とは?

セッションをしていると、ときどき出会うタイプの人がいます。
その人のそばにいるだけで、なぜか心がざわつく。
普段は抑え込まれていた感情が、不意に浮かび上がってくるような感覚。

私は、そんな人たちを「人のカルマを浮上させる役割の人」と呼んでいます。

そうした人たちは、どこか磁石のような性質を持っています。
たとえば、誰もいなかったカフェで静かにコーヒーを楽しんでいると、次々にお客さんが入ってきたり、
お客さんひとりいない八百屋さんの店先で、どのイチゴにしようか?と考えている内に、まるで客寄せのように、その八百屋さんが人だかりになっていたり。

それから、ろうそくとか蚊取り線香の煙が、風向きに関係なくいつも自分の方に流れてきたり。

“場を動かす力”や“空気の流れを引き寄せる感覚”は、外側の現象のようでいて、実はその人の内的エネルギーの波動が、空間に影響を与えているのだと思います。

そんな不思議な”集める力”を持っている人にも、「光と影」があります。

◎ 良い面は――
人を惹きつける(集客上手)、場をつくる、影響力をもつ。
無意識のうちに「誰かに何かを気づかせる」存在であり、人の心を動かす力を持っています。

× 難しい面は――
相手のカルマを集めて浮き上がらせてしまったとき、その反動で“怒り”や“嫉妬”といった感情を真正面からぶつけられること。
突然スイッチが入ったかのように、相手の態度が豹変したり、急に冷たくなったり。
理由のわからない攻撃を受けることもあり、そのたびに傷つき、自分の居場所がわからなくなる……
そんな経験を何度も重ねている人もいます。

“他者の鏡”という存在

これはなんだかつらい、嫌な役割ですが…哲学的にとらえるとすれば――
それは「他者に自我を自覚させる存在」とも言えます。
つまり、自分の中にある“未完の問い”や“癒えていない感情”を、
相手に投影させ、気づかせる存在です。

人は、自分の中にある見たくない感情を、無意識に他者に映し出してしまうことがあります。
それを心理学では「投影」と呼びます。

“カルマを浮上させる人”は、その投影を無意識に受けやすい。
その場にいるだけで、相手の抑圧していた感情――怒りや嫉妬、不安や悲しみ――を
意識の表面へと引き上げてしまうのです。

心理的には、無意識の「共感吸収」と「自己責任化」

さらに問題なのは、
そうして相手が発したネガティブな感情を、「自分のせいかもしれない」とか、「自分の感情なのかもしれない」と勘違いしてしまうこと。

心理学的には、これは「共感性が高すぎる人」や「自己境界が曖昧な人」によく見られる反応です。
特に幼少期に“他者の感情を察して行動する”ことが求められてきた人ほど、誰かの怒りや不機嫌を、自分の責任のように感じてしまうのです。

でもそれは、自分の感情ではない。
それは相手の中にあった“未完了の何か”に過ぎないのです。

“自分のものではない荷物”を抱えること苦しみ

他者の感情に巻き込まれることで、私たちはある問いが生まれます・

「これは本当に、私の問題なんだろうか?」

気づかないうちに、他人の感情を背負いこみ、その荷物まで自分のリュックに詰め込んでしまっていたことに、ある日ふと気づく瞬間があります。

そうして私たちは、自分の光をくもらせてしまうのです。

アドラー心理学では、これを「課題の分離」と呼びます。
これはアドラーの理論の中でも、中心にある考え方のひとつ。
他者の感情・行動・人生の結果を、自分の責任として背負わないという考えです。

「この感情は自分のものではなく、相手のものであって、それをどう扱うかは相手の課題」

そう理解することで、私たちは必要以上に巻き込まれなくて済むようになります。

そう聞くと、なんだか「冷たい人」だと思われるんじゃないか……そんなふうに感じてしまう人もいるかもしれません。

「人の課題を代わりに背負うことは、相手の成長の機会を奪うことになる。」

それは、魂の成長という視点から見ても、“やってはいけないこと”なのかもしれません。

愛を持って関わりながらも、「これは私の課題ではない」としっかりと線を引く。

それが、相手のためにも、自分のためにもなる“本当のやさしさ”なのだと、私は思います。

エンパス体質の人が抱えやすい “境界のあいまいさ”

そして――
「人のカルマを浮上させる役割の人」は、もともととても無邪気で、澄んだ存在です!
だからこそ、他者の未浄化なものを“照らしてしまう”のです。
けれど――
他者の課題に巻き込まれ続けていると、私たちは少しずつ、自分の“光”をくもらせてしまうことがあります。
特に、感受性が豊かで、エンパス的な傾向を持つ人ほど、相手の感情と自分の感情の境目があいまいになりやすいものです。

気づけば、「なんだかモヤモヤする」「心がざわついている」――
でも、それが本当に“自分のもの”なのかどうか、わからなくなってしまうのです。
誰かの怒り、誰かの不安、誰かの嫉妬、誰かの悲しみ。
そうしたものを、まるで自分の内側から湧き上がってきたように感じてしまう。
そのやさしさが、その共感力が、本当はあなたの美しい資質なのに――
知らず知らずのうちに、その光はくもり、「私はどう在ればいいの?」と、自分自身がわからなくなってしまう。
自分の輪郭さえ見失ってしまうのです。

とはいえ、その「重力」「磁石」が自分の内にあると、無意識に人のカルマを浮上させてしまうので、もう必要がないな…、十分役目は務めたな…と思ったら、役目を終えていいのです!

前世療法で、“磁石”の正体をほどいていく

前世療法では、そうした“磁石”のようなエネルギーを持つ人に対して、
「どうして私はこのつらい役割を、人生で何度も引き受けてしまうのだろう?」
――根本的な問いの答えを見つけるため、魂の履歴、過去に導いていきます。

時には、その役割の奥に、「人のカルマを少しでも浄化してあげたい」
「苦しみの中にいる人に、光を届けたい」
そんな無垢で純粋な想いが隠れていることもあります。

でも――
たとえその動機が“愛”であっても、それが自己犠牲のかたちで続いているのであれば、それは魂にとって、重たく、歪んだ契約になっている可能性もあります。

「わたしは、もうその役割から自由になっていい」
「他者の魂の成長を信じて、見守る立場に移ってもいい」

そんな“新しい魂の選択”を、意識と無意識の両面で受け取っていきます。

哲学の視点では、それは「自己の境界の回復
心理学の視点では投影と同一化の解除」。
スピリチュアルな視点では、「魂の統合と解放」と言えるかもしれません。

これ、私のことかも!と思う方へ

もしかすると、あなたにも「そんな傾向があるかも…」と思い当たることがあったかもしれません。
それはあなたが光を放っているからこそ、誰かの影が浮かび上がるのです。
(でも、現実は理不尽なことばかりですよね…)

だからこそ――
自分の内側を守り、境界を取り戻し、
自分の光を自分のものとして信じてあげることが、なにより大切なのです。

あなたのままで大丈夫。
誰かを照らしてしまうその存在を、どうか優しく抱きしめてあげてください。


このコラムが、誰かの心の重たさを解くきっかけになりますように。
もしご自身の「磁石」に向き合ってみたいと感じたら、前世療法やセッションでお手伝いできます。
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